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【人物解説】ロナルド・ウェイン「知られざるアップル共同設立者の1人」

ロナルド・ウェイン / Ronald Wayne

知られざるアップル共同設立者の1人


概要


生年月日 1934年5月17日
国籍 アメリカ
職歴

アップル(共同設立者)

ロナルド・ウェイン(1934年5月17日)は元アメリカのエレクトロニクス産業の労働者。スティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアックとともにアップル・コンピュータの創業設立者の1人で、会社全体の経営管理や新事業に関する書類作成を担当していた。

 

創業から12日後に保有していたアップルの株式の10%をジョブズとウォズニアックに800ドルで売却して退社。

 

その1年後、新しく法人化したアップルの将来における潜在的な債権を売り払い最終的に1500ドル、合計2300ドル受け取った。

重要ポイント

  • アップル創設者の1人
  • 最初のアップルのロゴを作成した
  • 高齢とリスク回避を理由にアップル設立後12日で退職

略歴


幼少期と初期キャリア


ウェインは1934年5月17日、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランドで生まれた。ニューヨークのインダストリアル美術学校で技術製図者としての教育を受けている。

 

1956年22歳のときカリフォルニアへ移る。1971年にスロットマシンを販売する会社で起業するが事業は失敗に終わる。その後、2014年に当時について「私はエンジニアリングの分野では優れているが、ビジネス的なビジネスには向いてないとすぐに理解した」と話している。

アップルの設立


1976年、ロナルド・ウェインは創業3年になるアタリ社で社内文書システムの業務をしていたが、このころにスティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアックと出会う。

 

コンピュータの設計や業界の将来に関する2つの真面目な議論をするために、ウェインは二人を自宅に招き、アドバイスやアシストを行う。技術やビジネスに関する事を2時間ほど話した末、ウェインはジョブズとウォズニアックとともにコンピュータ会社を設立をすることを決める。

 

ジョブズとウォズニアックがそれぞれ45%を出資し、ウェインは二人の決定におけるタイブレーカー役として10%の出資を行うことになった。

 

1976年4月1日、ウェインが41歳のときに3人で創設したアップル・コンピュータとパートナーシップ契約を結ぶ。ウェインは最初のアップルのロゴを作成し、Apple Iの仕様書を作成した。

 

しかし、ウェインのアップルのビジネスに対する姿勢はリスク回避的で消極的だった。というのもウェインは5年前にスロットマシン事業で「非常にトラウマ」となる失敗を経験しており、その後、自発的に借金の返済をするのに1年かかったことがあるからである。

 

ジョブズは「バイト・ショップ」から注文されたアップルの最初の注文用製品材料を確保するため15,000ドルの融資枠を確保する。しかし、「バイト・ショップ」は支払いが遅いことで悪名高い店だったので、ウェインはアップルの将来に対して大きな懸念を持った。

 

法律上、パートナーシップとなったメンバーは全員がほかのメンバーが作ったあらゆる負債に対して責任を持つ必要があった。当時、資産のない21歳のジョブズと25歳のウォズニアックと違い、ウェインだけが潜在的な債権で差し押さえ対象とする資産を保有していたことに不安を抱いたのだった。

 

ほかに、本来のウェインの興味対象はスロットマシンやオリジナル製品のエンジニアリングにあり、ジョブズやウォズニアックがアップルでウェインに割り当てた文書作成作業には不満を抱いていた。

 

これら経済的リスクやさまざまな理由が重なり、結局、ウェインはアップルが創業してからたった12日で会社を辞める。

 

さらに、1976年4月12日に800ドルで所有していたアップル株をすべて放棄してしまう。もし、彼が株を売り払わず今日まで所有し続けていたら、現在600億ドルになっていたという。

 

ウェインは後年、当時自身が得られた情報から最善の決断を下したと思っているので、アップル株を売却したことについて後悔はしていないと話している。

 

ウェインはもともとアップルについて「成功するだろうが、同時に成功するにいたるまでには大きな紆余曲折があると思い、私自身はそのような危険に身をさらすことはできなかった。私は一度不幸なビジネス体験をしている。そして私はもう当時高齢で、一方の彼らはまだ若々しかった。とてもそんなリスクをおかす勇気はなく、彼らについていくことは無理だった」と話している。

ウェインによって作成された最初のロゴ。
ウェインによって作成された最初のロゴ。

アップル退社後


アップルを去った後、ウェインは自分をアップルに引き戻そうとしたジョブズに抵抗し、1978年までアタリ社で勤務。その後ウェインはローレンス・リバモア国立研究所に勤め、次いでカリフォルニア州サリナスにあるエレクトロニクス系の会社に勤めた。

 

1970年代後半、ウェインは短期間カリフォルニア州ミルピタスで「Wayne's Philatelics」という切手ショップを経営していたが、何度も泥棒に入られたためネバダ州へ移る。

 

この会社のロゴはウッドカットスタイルのデザインで、りんごの木の下に男が座っていおり木の周囲に湾曲するように描かれたリボンに「Wayne's Philatelics」と書かれていた。このロゴはウェインが作ったアップル・コンピュータのロゴのデザインを再利用したものである。

 

ジョブズはウェインをアップルの営業に雇用しようと再びウェインに近づく。しかし、ウェインは復職のみならず友人の会社を買収しようとするジョブズの提案にも拒否した。ウェインの主張は買収ではなくアップルの独占的ライセンス契約のもと所有権を保持するべきであるということだった。

 

1990年代初頭、ウェインは1976年にジョブズ、ウォズニアック、そして彼自身が署名したオリジナルのアップルのパートナーシップ契約書を500ドルで売却した。この契約書は2011年にオークションに出品され160万ドルで落札された。ウェインは契約書がオークションに出品されたことに対して非常に残念だと話している。

 

ウェインは退職してネバダ州パランプにあるモバイル・トレーラー・パークへ移り、そこで切手やレアなコインを販売したり、カジノでペニー・スロットを楽しんでいる。ウェインは2011年にイギリスのブライトンのアップデート・カンファレンスでiPad 2を贈られるまで一度もアップル製品を所有したことがない。また、彼はダースの特許を所有している。

切手収集が趣味のウェイン。Pahrump Valley Timesより。
切手収集が趣味のウェイン。Pahrump Valley Timesより。
オークションに出品されたパートナーシップ契約書。BUSINESS INSIDERより。
オークションに出品されたパートナーシップ契約書。BUSINESS INSIDERより。